【刑事訴訟法入門12】訴因の明示・特定の意義と判断基準を解説
この記事を読んで理解できること
- 訴因制度の基本
- 訴因の記載事項と特定の基準
- 訴因の特定に関する判例の展開
- 訴因の特定の判断手続
- 共謀共同正犯における訴因の記載
- 試験答案の構成方法
「訴因って具体的に何を書けばいいの?」
「訴因が特定されていないとどうなるの?」
「覚せい剤事件で日時や場所が分からない場合はどう書くの?」
刑事訴訟法を学ぶ中で、こうした疑問を持った方は多いのではないでしょうか。
訴因とは、検察官が起訴状に記載する「公訴事実」の内容であり、刑事裁判における審判の対象を画定するものです。
当事者主義的訴訟構造のもとでは、裁判所は検察官が設定した訴因に拘束されて審理・判決を行うため、訴因がどのように記載されるかは、刑事裁判全体の出発点となる極めて重要な問題です。
刑訴法256条3項は、訴因を明示するために、「できる限り」日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定しなければならないと規定しています。
しかし、事件の性質によっては、犯罪の日時や場所を具体的に特定することが困難な場合もあります。
そのような場合に、訴因はどの程度まで概括的な記載が許されるのかが問題となります。
本記事では、訴因の明示・特定の意義と基準を整理したうえで、白山丸事件判決から覚せい剤自己使用罪に至る判例の展開、包括一罪における訴因の特定、さらには共謀共同正犯における訴因の記載の問題について、予備試験・司法試験で頻出の重要判例を中心に解説します。
この記事で学べること
- 【初級】訴因の意義と審判対象論の基本
- 【初中級】訴因の記載事項と特定の趣旨
- 【中級】白山丸事件判決の判断枠組み
- 【中上級】覚せい剤自己使用事件における訴因の特定
- 【中上級】包括一罪・共謀共同正犯における訴因の記載
第1章 訴因制度の基本
1-1 審判対象としての訴因
現行刑事訴訟法は、当事者主義的訴訟構造を採用しています(刑訴法256条、298条1項、312条1項参照)。
このもとでは、刑事裁判における審判の対象は、検察官が主張する具体的事実としての訴因です。
裁判所は、訴因として掲げられた事実の存否について審理・判決を行い、訴因に記載されていない事実を自ら取り上げて審判の対象とすることはできません。
逆にいうと、訴因に記載されていない犯罪事実を裁判所が自ら取り上げて審理の対象とすることはできないわけであり、この意味で、検察官は刑事裁判における審判対象の設定権限を有しています。
1-2 訴因の機能──識別説と防御権説
訴因には、主として次の2つの機能があるとされています。
第1は、審判対象の画定機能です。
訴因は、裁判所に対し、審理・判断すべき対象を明らかにします。
裁判所は訴因に記載された事実について審判を行い、訴因に記載されていない事実について判決をすることはできません(不告不理の原則)。
第2は、防御範囲の明示機能です。
訴因は、被告人に対し、防御の対象を明らかにします。
被告人は、訴因に記載された事実に対して防御活動を行えばよいのです。
これら2つの機能の関係について、通説・判例は、審判対象の画定が訴因の主たる機能であり、防御範囲の明示はその裏返しとして果たされるものと理解しています。
これを識別説といいます。これに対し、防御範囲の明示を独自に重視する見解を防御権説といいます。
防御権説に対しては、被告人の防御の行使に十分であるかという要件が不明確であること、冒頭手続の段階で起訴状以外に情報のない裁判所に特定以上の事項についての求釈明の義務を負わせることがその要否の判断に困難を生じさせること等から、批判がなされています。
現在の実務においては、おおむね識別説の立場に立った運用がなされています。
第2章 訴因の記載事項と特定の基準
2-1 訴因の記載事項
刑訴法は、起訴状の記載事項の1つとして「公訴事実」を掲げています(256条2項2号)。
そして、公訴事実は訴因を明示して記載しなければならず、訴因を明示するには、「できる限り」日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定しなければならないとされています(同条3項)。
ここにいう「罪となるべき事実」とは、刑罰法規に規定された特定の構成要件に該当する事実を意味します。
一般に、訴因には、いわゆる六何の原則に従い、誰が(犯罪の主体)、いつ(犯罪の日時)、どこで(犯罪の場所)、何を又は誰に対し(犯罪の客体)、どのような方法で(犯罪の方法)、何をしたか(犯罪の行為と結果)を具体的に記載するかたちがとられます。
判例では、犯罪の主体、客体、行為と結果は、当然に「罪となるべき事実」を構成するのに対して、日時、場所、方法は、それが犯罪の構成要素となっている場合を除いて、「罪となるべき事実」ではなく、訴因を特定する一手段として具体的な記載が要請されているにとどまるとされています(最大判昭37・11・28刑集16・11・1633)。
2-2 訴因の特定の趣旨と基準
訴因の特定の趣旨について、判例は、「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示す」ことにあるとしています(最大判昭37・11・28刑集16・11・1633)。
訴因の特定の基準については、識別説の立場から、次の要素が必要とされています。
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要素 |
内容 |
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①構成要件該当事実の記載 |
被告人の行為が特定の構成要件に該当する事実が示されていること |
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②他の犯罪事実との識別 |
他の犯罪事実と区別できる程度の記載がされていること |
なお、「罪となるべき事実」の記載として、第1に、その事実がどの構成要件に該当するのかが明らかになるものでなくてはなりません。
第2に、「罪となるべき事実」の記載は、特定の構成要件を充足する事実をもれなく示すものでなければなりません。
例えば、傷害致死罪であれば、①被告人が加えた暴行の態様、②その暴行により被害者が負った傷害の部位、種類、程度等、③その傷害の結果、被害者が死亡したこと、を具体的に摘示する必要があります。
2-3 「できる限り」の意味と特殊事情
刑訴法256条3項が日時、場所及び方法による特定を「できる限り」と規定していることの意味については、犯罪の種類・性質等に照らし、これらの事項を詳しく具体的に記載することができない特殊事情がある場合には、幅のある記載をすることも許されるとする理解が一般的です。
もっとも、256条3項の趣旨は、訴因の特定の要求を満たしているとしても、審判対象のなお一層の具体化と防御範囲のより一層の明確化のために、訴因の特定のための必要最小限度を超えた具体的事実の記載をできる限りの限定のもとに要求しているといえます。
したがって、特殊事情がない場合に概括的記載がなされた場合であっても、それだけで訴因が不特定となるわけではなく、256条3項違反を論ずる余地はあっても公訴提起が無効になるものではないとする見解もあります。
第3章 訴因の特定に関する判例の展開
3-1 白山丸事件判決──特定の基本枠組み
訴因の特定に関するリーディングケースと位置づけられるのが、いわゆる白山丸事件に関する最大判昭37・11・28刑集16・11・1633(以下、「昭和37年判決」という)です。
事案は、中国と未だ国交がなかった時代に、被告人が中国へ密出国したとして起訴されたというものです。
起訴状に記載された出国の日時には約6年の幅があり、場所、方法についても全く記載がありませんでした。
昭和37年判決は、訴因の特定の趣旨を述べたうえで、次のように判示しました。
「犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない」(最大判昭37・11・28刑集16・11・1633)
本件では、密出国という犯罪の性質上、出国の具体的顛末を確認することが極めて困難であるという特殊事情が認められました。
また、審判対象の画定について、起訴状の記載及び検察官の冒頭陳述の釈明等を勘案すると、当該期間内に白山丸に乗船して帰国した事実に対応する出国の事実として、理論上1回しかありえない出国が起訴されているのであるから、審判対象は画定されているとしました。
3-2 覚せい剤自己使用事件における訴因の特定
覚せい剤自己使用罪につき訴因の特定が問題となる背景には、次のような事情があります。
尿中から覚せい剤成分が検出されれば、その者が覚せい剤を使用したことは間違いありませんが、通常、使用は目撃者もいない密行的な行為です。
そのため、実務上は、尿検査による検出可能期間を根拠に、逮捕時から遡って数日から2週間程度の期間で使用日時を表示し、場所も被告人の行動範囲を調査したうえで幅のある表示をするという運用がなされてきました。方法も、注射又は服用して施用し、といったかたちの表示をするのが一般的です。
この点が争われたのが、最決昭56・4・25刑集35・3・116(以下、「昭和56年決定」という)です。
最高裁は次のように判示しました。
「本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはない」(最決昭56・4・25刑集35・3・116)
覚せい剤自己使用事件では、幅のある記載がなされた場合に、起訴された使用行為がどの使用行為であるかという審判対象の画定が問題になります。
覚せい剤は短期間に複数回使用することが可能であり、1回の使用につき1罪が成立し、それぞれは併合罪となるため、概括的記載では他の使用行為との識別ができないのではないかが問題となるのです。
この点について、検察官が手続の冒頭で、訴因に記載した期間内に2回以上の使用行為があったとすれば、そのうち尿の提出時に最も近い1回を起訴した趣旨であると釈明(刑訴規則208条1項)することにより、1つの使用行為が他の覚せい剤自己使用罪と識別でき、審判対象が画定されるものと解されています(最終行為説)。
3-3 包括一罪における訴因の特定
いわゆる集合犯のように複数の行為が実体法上の一罪を構成する犯罪について、各行為が具体的に記載されていない場合に訴因が特定されているかが問題となります。
この点が問題とされたのが、最決平17・10・12刑集59・8・1425(以下、「平成17年決定」という)です。
事案は、麻薬特例法5条違反の罪につき、4回の覚せい剤譲渡の年月日、場所、相手、量、代金を記載した別表を添付したうえ、それ以外の多数回の譲渡については、期間が示されているだけで個々の譲渡行為を特定できる記載がなされていなかったものです。
最高裁は、当該犯罪の構成要件が複数の譲渡行為を業として行ったことを構成要件とするものであり、一定期間内に業として行われた一連の行為を総体として処罰する趣旨であることから、個々の行為を特定しない公訴事実の記載であっても全体として当該構成要件に該当するかを判定するに足りる程度の記載がなされていれば、訴因の特定に欠けるところはないと判示しました。
もっとも、包括一罪であっても、犯罪を構成する個別の行為を必ずしも特定する必要はなく全体として特定できていればよいとされてきたところ、その根拠は必ずしも明らかではありませんでした。
平成17年決定は、その根拠が、起訴された犯罪の構成要件自体が複数の行為を総体として処罰する趣旨であることにあることを明らかにしたものと位置づけられます。
3-4 傷害致死事件における訴因の特定─平成14年決定
最決平14・7・18刑集56・6・307は、傷害致死罪の共謀共同正犯の事件において、暴行態様、傷害の内容、死因等の表示が概括的であったというものです。被害者の遺体が発見時に既に白骨化していたほか、共犯者とされた者の供述が相互に矛盾する等の事情がありました。
最高裁は、暴行態様や傷害の内容、死因等の表示が概括的なものであったとしても、被害者の死亡は1回しかありえないこと等から他の犯罪事実との識別は十分であり、検察官が起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものであるから、訴因の特定に欠けるところはないと判示しました。
第4章 訴因の特定の判断手続
4-1 判断時期と判断資料
訴因の特定は実体審理に入る前提条件であるため、本来、証拠調べに入る前の冒頭手続の段階で判断されるべきものです。
判断資料は、起訴状の記載を基本とし、検察官の釈明の内容も考慮されます。
もっとも、控訴審や上告審では、冒頭陳述の内容を考慮することもありえます。
訴因の特定の判断時期と判断資料の問題は、覚せい剤自己使用事件における検察官の釈明の重要性とも関連しています。
4-2 訴因不特定の場合の処理
訴因が特定されていない場合、裁判所はまず検察官に求釈明を行い(刑訴規則208条1項)、訴因を補正させる措置を講じます。
検察官が釈明をすれば、その内容が訴因の一部を構成し、訴因が補正されます。
裁判所が求釈明をせずに公訴棄却をすると、審理不尽の違法となり得ます。
検察官が釈明に応じてもなお訴因が特定されない場合には、公訴棄却判決(刑訴法338条4号)がなされることになります。
なお、公訴棄却判決には一事不再理効がないため、再訴が許されます。
したがって、可能なかぎり求釈明をするのが訴訟経済上も妥当とされています。
4-3 起訴状における余事記載の禁止
刑訴法256条6項は、起訴状に裁判官に事件について予断を生じさせるおそれのある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないと規定しています。
この規定の趣旨は、捜査機関から裁判官への嫌疑の引継ぎを防止し、公平な裁判(憲法37条1項)を実現する点にあります。
もっとも、訴因の特定のためには、裁判官に予断を与えるおそれのある事項であっても、記載内容が公訴犯罪事実の構成要件にあたる事実ないしそれと密接不可分の事実を構成する場合や、訴因の明示に必要な場合には、256条6項に反しないと解されています。
第5章 共謀共同正犯における訴因の記載
5-1 「共謀の上」という記載
共謀共同正犯の訴因の記載に関しては、実務上、起訴状には「被告人は、○○と共謀の上」とのみ記載するのが通例であり、共謀の具体的な日時、場所、態様等についての記載はなされないのが一般的です。
共謀は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にあたるとするのが判例の立場ですが(最大判昭33・5・28刑集12・8・1718)、識別説の立場からは、実行行為の日時、場所、方法等により特定されていれば、犯罪事実全体としては他の犯罪事実と識別できるため、訴因の特定に欠けるところはないと解されます。
もっとも、共謀だけに関与した被告人にとっては、共謀の具体的な日時、場所、態様等が示されないと、反証をすることが困難になりえます。
そのため、被告人が有効に防御活動をするために、裁判所が裁量で共謀の内容につき釈明を求めることが望ましいとされています。
5-2 実行行為者の明示の要否
共謀共同正犯において実行行為者が誰であるかの明示が必要かという問題は、最決平13・4・11刑集55・3・127において、訴因変更の要否の問題として扱われました。
同決定は、共謀共同正犯の訴因において実行行為者が明示されていなくても訴因の特定に欠けるところはないとの前提に立ちつつ、実行行為者が誰であるかは被告人の防御にとって重要な事項であるとしました。
この点は刑事訴訟法13の記事で詳しく解説します。
内部リンク:刑事訴訟法13
第6章 試験答案の構成方法
6-1 論点の整理
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論点 |
検討内容 |
参照判例 |
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訴因の特定の基準 |
構成要件該当事実の記載と識別 |
最大判昭37・11・28 |
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概括的記載の許容性 |
特殊事情の有無と「できる限り」 |
最決昭56・4・25 |
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包括一罪の特定 |
個々の行為の特定の要否 |
最決平17・10・12 |
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共謀の記載 |
「共謀の上」で足りるか |
最大判昭33・5・28 |
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余事記載の禁止 |
予断排除と訴因特定の調整 |
256条6項 |
6-2 答案構成の流れ
【答案構成の流れ】
・問題提起:本件起訴状の記載は訴因の特定の要件を満たしているか
・規範定立①(審判対象論):当事者主義的訴訟構造のもと、審判の対象は検察官が主張する具体的事実としての訴因である
・規範定立②(特定の基準):訴因が特定されているといえるためには、①特定の構成要件に該当する事実が示されていること、②他の犯罪事実と識別できる程度の記載が必要
・あてはめ:起訴状の記載が上記要件を充たすか検討。概括的記載がある場合は特殊事情の有無も検討
・結論:特定されている・されていない、公訴棄却か求釈明かの結論を出す
まとめ
訴因の明示・特定について、本記事では以下の点を解説しました。
1. 訴因とは、検察官が起訴状に記載する公訴事実の内容であり、当事者主義的訴訟構造のもとで審判の対象を画定する機能を有する
2. 訴因の特定の基準として、①特定の構成要件に該当する事実が示されていること、②他の犯罪事実と識別できる程度の記載が必要である(識別説)
3. 日時、場所及び方法は「できる限り」特定すべきものとされ、特殊事情がある場合には幅のある記載も許容される(最大判昭37・11・28)
4. 覚せい剤自己使用罪の訴因は、幅のある記載でも検察官ができる限り特定したものであれば適法であり、審判対象は最終行為説に基づく釈明で画定される(最決昭56・4・25)
5. 包括一罪の訴因は、全体として構成要件該当性を判定するに足りる記載があれば足りる(最決平17・10・12)
6. 共謀共同正犯では「共謀の上」の記載で訴因の特定には足りるが、裁判所が裁量で共謀内容の釈明を求めることが望ましい
7. 訴因不特定の場合、裁判所は求釈明をして補正させ、それでも特定されなければ公訴棄却判決をする


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