【民事訴訟法入門8】一部請求と残部請求の可否を判例で解説
目次
この記事を読んで理解できること
「一〇〇〇万円の債権のうち、まず三〇〇万円だけ請求することはできるの?」
「三〇〇万円の請求で判決が確定した後に、残りの七〇〇万円を請求できるの?」
「一部しか請求していないのに、裁判所が債権の全額を審理するのはなぜ?」
民事訴訟法を学ぶ中で、こうした疑問を持った方は多いのではないでしょうか。
前回は、処分権主義を学びました。
訴えるかどうか、何について訴えるかは原告の自由であり、裁判所は原告が申し立てていない事項について判決をすることができない(民事訴訟法246条)というのが、その中身でした。
今回扱う一部請求は、この「何について訴えるか」の自由がどこまで及ぶのかを問う応用問題です。
原告が自分の判断で債権の一部だけを審判の対象とすることができるのか、そして、それによって残りの部分を後の訴訟に取っておくことができるのか、が問われます。
一部請求は、処分権主義の問題であると同時に、確定判決の効力が及ぶ範囲の問題でもあります。
判例が既判力ではなく信義則を用いて残部請求を遮断した場面もあり、既判力との役割分担を理解しておくことが重要です。
本記事では、一部請求の問題の所在を整理したうえで、明示の有無によって残部請求の可否を分ける判例の立場、敗訴後の残部請求を信義則で遮断した判例、そして過失相殺・相殺が主張された場合の処理(外側説)を解説します。
この記事で学べること
- 【初級】一部請求の意味と、問題となるのは「残部請求の可否」であること
- 【初中級】明示的一部請求と黙示の一部請求の区別(最判昭和32年6月7日ほか)
- 【中級】明示があれば残部請求ができるとする判例の立場とその理由
- 【中級】敗訴後の残部請求を信義則で遮断した判例(最判平成10年6月12日)
- 【中上級】一部請求と過失相殺・相殺(外側説・内側説・按分説)
- 【中上級】残部の別訴請求と重複起訴の禁止(142条)、時効との関係
第1章 一部請求とは何か
1-1 問題の所在
一部請求とは、たとえば原告が一〇〇〇万円の債権を有していると考えながら、そのうちの三〇〇万円だけを被告に対して訴求する場合をいいます。
ここで注意したいのは、三〇〇万円を請求すること自体は、どの見解でも当然に認められるという点です。
問題となるのは、その判決が確定した後に、残りの七〇〇万円(残部)を改めて請求できるかどうかです。
したがって、「一部請求の可否」という言い方をする場合も、それは「残部請求ができる余地を残したまま一部請求ができるのか」という問題を指しています。
なお、一部請求の問題は金銭請求に限られません。
数量的に可分な請求であれば、同じ問題が生じます。
1-2 訴訟物をどう捉えるか
残部請求の可否は、一部請求の訴訟物をどう捉えるかと結びついています。
訴訟物が請求された一部(前の例では三〇〇万円の部分)であると考えれば、残部は別の訴訟物ですから、残部請求は前訴の既判力に妨げられません。
これに対し、訴訟物は債権の全体であると考えれば、残部は前訴の訴訟物に含まれており、残部請求は既判力によって遮断されることになります。
つまり一部請求論は、原告が自らの意思で訴訟物を分断することを認めてよいか、という処分権主義の問題として現れるのです。
第2章 判例の立場――明示の有無による区別
2-1 一部であることを明示した場合
判例は、前訴で一部であることを明示した場合には、後に残部を請求することができるとしています(最判昭和37年8月10日民集16巻8号1720頁)。
この立場は、近時の判例でも維持されています(最判平成20年7月10日判時2020号71頁)。
訴訟物の分断を認めてよい理由としては、①訴訟外では債権者が一部ずつ請求することができること、②246条が処分権主義として訴えの内容についての原告の自由を認めている以上、原告の意思で訴訟物を分断することも認めてよいこと、③債権額が非常に高額である場合には訴え提起の手数料も高額になるので、まず一部について試験訴訟をすることを認めてよいこと、などが挙げられます。
2-2 一部であることを明示しない場合
これに対して、一部であることの明示がない場合には、残部請求は認められません。
判例には、被告二名に対して四五万円を請求して認容判決を得て、うち一名から二二万五〇〇〇円の支払を受けた後に、分割債務ではなく連帯債務であったとして各自にさらに二二万五〇〇〇円を請求した事案で、前訴が一部請求であったとは主張できないとしたものがあります(最判昭和32年6月7日民集11巻6号948頁)。
明示を要求することには合理性があります。
明示があれば、被告は残債務が存在しないことの確認を求める反訴(146条)を提起し、その訴訟の中で残部の存否まで決着させることができます。
これに対して明示がなければ、被告は「これで全部の請求だろう」と考えるのが通常であり、その期待は保護に値するからです。
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前訴での明示 |
残部請求の可否 |
理由 |
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明示あり |
原則として可能 |
原告の意思による訴訟物の分断を認めてよい。 被告も反訴により対応できる |
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明示なし |
不可 |
被告の「これで全部」という期待が保護に値する |
第3章 敗訴後の残部請求――信義則による遮断
3-1 最判平成10年6月12日
明示があれば常に残部請求ができるかというと、そうではありません。
判例は、数量的一部請求を全部または一部棄却する判決が確定した後に残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないとしました(最判平成10年6月12日民集52巻4号1147頁)。
判旨は、次のようにいいます。
「一個の金銭債権の数量的一部請求は…(中略)…債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。
…(中略)…数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、…(中略)…後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。
したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。」
一部請求であっても、その当否を判断するためには債権の全額を審理せざるを得ません。
そこで全部または一部の棄却判決が出たということは、残部が存在しないという判断が実質的に示されたことを意味します。
それにもかかわらず残部を請求することは、紛争の蒸し返しにほかならない、というわけです。
3-2 既判力ではなく信義則によること
注意したいのは、この判例が、一部請求の訴訟物を債権の全額であるとは述べていない点です。
訴訟物はあくまで債権の一部であることが前提とされており、だからこそ、残部請求は既判力によっては妨げられません。
そこで判例は、信義則(2条)を用いて残部請求を不適法としたのです。
また、この判例は、一部請求が認容された場合について触れていません。
したがって、明示的一部請求について訴訟物を分断できるという従来の判例の立場そのものは維持されていると理解されています。
3-3 残部請求を否定する見解
学説には、一部請求による訴訟物の分断を認めず、残部請求を原則として許すべきでないとする見解もあります。
何度も応訴させられる被告の煩わしさや、審判の実質的な重複による訴訟不経済を理由とするもので、重複起訴の禁止について指摘されてきた観点が用いられている点が注目されます。
この見解では、一部請求の訴訟物は残部を含めた債権全体であると捉えられることになります。
第4章 一部請求をめぐる派生問題
4-1 残部の別訴請求と重複起訴の禁止
一部請求の訴訟が係属している間に、別訴で残部を請求することはできるでしょうか。
訴訟物の分断を認めない立場からは、これは重複起訴の禁止(142条)に触れることになります。
同様に、一部請求の訴訟が係属している間に、残部を自働債権として別訴で相殺の抗弁を主張することも許されないことになります。
もっとも判例は、特段の事情のない限り相殺の抗弁は許されるとしています。
4-2 過失相殺・相殺と外側説
一部請求の場合、認容額を算定するにあたって過失相殺や相殺をどのように処理すべきかという問題があります。
たとえば、原告が一二〇〇万円の損害賠償請求権があると主張してそのうち八〇〇万円を訴求したところ、裁判所が全体で一〇〇〇万円の損害賠償請求権を認め、そこから三〇〇万円を過失相殺すべきであると判断した場合を考えてみましょう。
- 外側説:債権の総額(一〇〇〇万円)から減額分(三〇〇万円)を控除した残存額(七〇〇万円)を算定し、請求額の範囲内であればその額を認容する
- 内側説:請求額(八〇〇万円)から減額分(三〇〇万円)を控除した五〇〇万円を認容する
- 按分説:減額分を請求部分と残部の割合(八対二)で按分し、請求部分に対応する二四〇万円を控除して五六〇万円を認容する
判例は外側説を採り、そのように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものであるとしています(最判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁)。
相殺の抗弁についても同様に外側説が採られており、債権の総額からではなく一部請求の額から減額分を控除することは一部請求を認める趣旨に反する、と説明されています(最判平成6年11月22日民集48巻7号1355頁)。
外側説による場合、残存額が請求額を超えるときは、処分権主義から請求額の限度で認容することになります。
たとえば過失相殺すべき額が一〇〇万円であれば、残存額は九〇〇万円となりますが、請求額である八〇〇万円の限度で認容すべきことになります。
過失相殺は、実体法上、損害発生時にすでに減額された損害賠償請求権が発生していると考えられますから、外側説が理論的にも自然であるといえるでしょう。
4-3 時効との関係
一部請求をした場合に、時効の効力が残部にも及ぶかという問題もあります。
訴えの提起は時効の完成猶予事由であり(民法147条1項1号)、確定判決によって時効が更新されます(同条2項)。
訴求されていない残部についてどこまで完成猶予の効力が及ぶかは、一部請求の訴訟物をどう捉えるかとも関わる論点であり、判例の展開があります。
答案では、まず訴求された一部について効力が生じることを確認したうえで、残部についての扱いに触れるとよいでしょう。
第5章 試験答案の構成方法
5-1 残部請求の可否が問われる事案
前訴で債権の一部を請求し、その後に残部を請求する後訴が提起されたという事案では、以下の流れで答案を構成することが考えられます。
【答案構成の流れ】
- 問題提起:後訴が前訴の確定判決の効力によって遮断されないか、また信義則(2条)に反しないかを問題とする
- 明示の有無:前訴において一部であることが明示されていたかを認定する。明示がなければ、前訴の訴訟物は債権の全部であり、残部請求は許されない(最判昭和32年6月7日)
- 既判力の作用:明示があれば訴訟物は債権の一部であり、残部は別の訴訟物であるから、前訴判決の既判力は後訴に作用しない(最判昭和37年8月10日)
- 信義則による遮断:もっとも、前訴が全部または一部の棄却判決であった場合には、残部が存在しないとの判断が実質的に示されており、後訴は紛争の蒸し返しであって被告の合理的期待に反するから、特段の事情がない限り信義則に反して許されない(最判平成10年6月12日)
- あてはめ・結論:前訴が認容判決か棄却判決かを踏まえ、特段の事情の有無を検討して結論を出す。過失相殺・相殺が問題となる事案では、外側説によって認容額を算定する
答案では、既判力の問題と信義則の問題を混同しないことが大切です。
明示的一部請求では訴訟物が分断される以上、既判力は残部に及びません。
既判力が及ばないからこそ、信義則という別の道具立てが必要になったのだ、という筋道を示せると、理解が伝わります。
まとめ
一部請求について、本記事では以下の点を解説しました。
- 一部請求で問題となるのは、一部を請求できるかではなく、判決確定後に残部を請求できるかである
- 判例は、前訴で一部であることを明示した場合には残部請求を認め(最判昭和37年8月10日)、明示がない場合には認めない(最判昭和32年6月7日)
- 明示を要求するのは、明示があれば被告が残債務不存在確認の反訴によって対応できるのに対し、明示がなければ「これで全部」という被告の期待が保護に値するからである
- 明示があっても、前訴が全部または一部の棄却判決であった場合には、残部請求は特段の事情がない限り信義則に反して許されない(最判平成10年6月12日)
- この遮断は既判力によるものではない。一部請求の訴訟物はあくまで債権の一部であることが前提とされている
- 過失相殺・相殺の処理については外側説が判例であり(最判昭和48年4月5日、最判平成6年11月22日)、残存額が請求額を超えるときは請求額の限度で認容する
次回記事では、民事訴訟の審理手続を扱います。訴えが提起された後、口頭弁論や争点整理の手続がどのように進み、当事者と裁判所がどのような役割を果たすのかという、審理の全体像を確認します。
前回の記事【民事訴訟法入門7】処分権主義と申立事項の限界を判例で解説


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