【刑事訴訟法入門10】おとり捜査の適法性と判例の判断枠組み

監修者
講師 赤坂けい
株式会社ヨビワン
講師 赤坂けい
【刑事訴訟法入門10】おとり捜査の適法性と判例の判断枠組み
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チェック
この記事を読んで理解できること
  • おとり捜査の意義
  • 許容性とその限界
  • 最決平成16年決定
  • おとり捜査の違法性の実質的根拠
  • 試験答案の構成方法


「おとり捜査はそもそも違法じゃないの?」

「犯意誘発型と機会提供型ってどう区別するの?」

「おとり捜査が行われた場合、被告人は無罪になるの?」

刑事訴訟法を学ぶ中で、こうした疑問を持った方は多いのではないでしょうか。

おとり捜査とは、捜査機関又はその協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働きかけ、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する捜査手段です。

捜査機関が自ら犯罪の実行を働きかけるという点で、捜査の公正さや対象者の権利侵害との関係で、その適法性が問題となります。

特に、薬物犯罪のように密行性が高く、通常の捜査方法だけでは検挙が困難な犯罪で多く用いられています。

本記事では、おとり捜査の意義と法的根拠を整理したうえで、その許容性と限界について、予備試験・司法試験で頻出の最決平成16年決定を中心に解説します。

この記事で学べること

  • 【初級】おとり捜査の意義と定義
  • 【初中級】おとり捜査の法的性格──強制処分か任意処分か
  • 【中級】初期の最高裁判例と下級審裁判例の動向
  • 【中上級】最決平成16年決定の判断枠組みとその分析
  • 【中上級】おとり捜査の違法性の実質的根拠と答案構成

第1章 おとり捜査の意義

1-1 おとり捜査の定義

おとり捜査の法律上の定義規定は存在しませんが、判例では次のように定義されています。

「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する」捜査手段(最決平16・7・12刑集58・5・333)

この定義によれば、捜査機関やその協力者による積極的な働きかけが必要であり、積極的な働きかけをすることなく、相手方が犯罪に出るところを待ってそれを検挙するという手法は、おとり捜査とは異なります。

例えば、仮睡者を狙った窃盗事件が多発している状況下で、警察官が仮睡者を装って横臥中に、被告人が警察官のポケットから財布を抜き取ったところ現行犯逮捕されたという事例では、犯罪の実行を積極的に働きかけたとはいえず、おとり捜査には該当しないと考えられます。

1-2 おとり捜査の法的性格

おとり捜査の適法性を検討する前提として、それが強制処分なのか任意処分なのかを確認する必要があります。

刑訴法にはおとり捜査を認めた明文規定はありません。

仮におとり捜査が強制処分であるとすれば、強制処分法定主義により、刑訴法上に根拠規定がない以上、特別法の規定の存在にかかわらず、それはいっさい認められないことになります。

この点に関し、おとり捜査を受けた相手方は、犯罪が禁止されていることを理解したうえで、自らの意思に基づいて犯罪を行っています。

捜査機関が働きかけをしている者が捜査機関あるいはその協力者であることを知らないという意味で、その身分について錯誤があるにすぎません。

それゆえ、相手方の意思決定の自由が侵害されているわけではなく、おとり捜査により法的に保護すべき権利・利益の制約を想定することは困難であるとされています。

そうだとすると、おとり捜査は任意捜査として位置づけられ、刑訴法197条1項本文がその根拠規定となります。

第2章 許容性とその限界

2-1 初期の最高裁判例

おとり捜査は、戦後、麻薬事犯の摘発のために用いられるようになり、その適法性がしばしば争われてきました。

最高裁がこの時期におとり捜査について判断を示したのが、最決昭28・3・5刑集7・3・482です。

事案は、捜査協力者A及びBが、Xに麻薬の入手を依頼し、XがさらにYに依頼して、密輸入品と認められる麻薬を入手したというものです。XとYは、麻薬の所持の事実により起訴されましたが、おとり捜査による処罰は許されないと主張して、起訴事実を争いました。

最高裁は、両名を有罪とした原判決を支持する判断を示しました。

「他人の誘惑により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合に、わが刑事法上その誘惑者が場合によっては麻薬取締法五十三条(現58条)のごとき規定の有無にかかわらず教唆犯又は従犯として責を負うことのあるのは格別、その他人である誘惑者が一私人でなく、捜査機関であるとの一事を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることはできないこと多言を要しない。」(最決昭28・3・5刑集7・3・482)

この決定は、おとり捜査が行われた場合の実体法上の効果と手続法上の効果の両方につき判示していますが、おとり捜査の適法性自体については、直接には判断していません。

また、この事案はおとり行為によりX、Yの犯意を強めたにすぎないものであったため、犯意誘発型のおとり捜査についてまでこの決定の射程が及ぶとはいえません。

2-2 下級審裁判例の動向──犯意誘発型と機会提供型

その後の下級審裁判例では、必ずしもおとり捜査を無条件に適法と認める立場はとられていませんでした。

裁判例において多く見られたのは、おとり捜査の態様を次の2つの類型に分ける考え方です。

 

犯意誘発型

機会提供型

内容

元々犯罪を行う意思がなかった者に、それを生じさせた場合

元々犯罪を行う意思があった者に、その機会を提供したにすぎない場合

適法性

違法となる可能性が高い

適法とされる

この二分法は、アメリカの判例における「わなの抗弁」に由来するものです。

もっとも、それまでの下級審裁判例の事案は、すべてが機会提供型であったため、犯意誘発型と機会提供型の区別が、真におとり捜査の適法性を判断するための基準とされているのか否かは、未だ明らかではありませんでした。

第3章 最決平成16年決定

3-1 事案の概要

こうした状況のもとで、最高裁が初めて正面からおとり捜査の適法性につき判断を下したのが、最決平16・7・12刑集58・5・333(以下、「平成16年決定」という)です。

事案は、X(被告人)から、捜査協力者であるAに対して、大麻樹脂の買い手を紹介してくれるように依頼があったため、Aがそれを麻薬取締官事務所に連絡したものです。同事務所では、他の捜査手法によって証拠を収集し、Xを検挙することが困難であったため、おとり捜査を行うことを決めました。麻薬取締官とAが打合せを行い、麻薬取締官をXに買い手として紹介することが決定されました。

Aの立会いのもと、ホテルの一室で、Xと買い手を装った麻薬取締官が会い、その翌日に、Xが大麻樹脂2キログラムを同室内に運び入れたところ、予め発付されていた捜索差押許可状によって捜索がなされ、大麻樹脂が発見されたため、Xはその所持の現行犯人として逮捕されました。

3-2 平成16年決定の判断枠組み

Xは、これは違法なおとり捜査であり、それに基づいて発見された証拠は違法収集証拠として排除されるべきであると主張しました。

最高裁は、おとり捜査の定義を示したうえで、おとり捜査の適法性につき、一般論として次のように述べました。

「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。」(最決平16・7・12刑集58・5・333)

3-3 平成16年決定の3つの要素

平成16年決定が示した、おとり捜査が許容されるための要素は、次の3つです。

 

要素

内容

直接の被害者がいない犯罪

薬物犯罪等、被害者がいない密行性の高い犯罪であること

通常の捜査方法のみでは摘発が困難

他の捜査手法による証拠収集や検挙が困難であること

機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者

対象者に犯罪を行う犯罪傾向があると疑われること

注意すべきは、本決定は「少なくとも」この3つの要素が備わっている場合は許容されるとしているにすぎず、この場合に限っておとり捜査が許されるとしているわけではないという点です。

それゆえ、例えば、法益侵害が軽微で、直ちに回復が可能な場合や、直接の被害者がいる犯罪であっても、おとり捜査が許される余地は残されています。

第4章 おとり捜査の違法性の実質的根拠

4-1 おとり捜査の違法性が問題となる2つの要因

おとり捜査の適法性が問題とされる実質的根拠については、大きく2つの要因があると考えられています。

第一は、本来、犯罪を取り締まるべき国家が、一種の詐術を用いて相手方を犯罪へと導く点において、捜査の公正さに反するということです。

刑罰権の主体である国家が、対象者の処罰を目的として、その処罰の対象である犯罪を一種の詐術を用いて自ら行わせる点が、捜査の公正さに反するということです。

第二は、おとり捜査によって、刑罰法規(刑事実体法)が保護する法益の侵害が創出されるということです。

4-2 判断要素の具体的内容

これら2つの要因を踏まえると、おとり捜査の適法性は、おとり捜査を行う必要性と、おとり捜査の態様の相当性を総合して判断することになります。

実際、平成16年決定の控訴審も、このおとり捜査によることの必要性とおとり捜査の態様の相当性を総合して判断すべきものとしていました。

判断要素

具体的内容

必要性

対象とされる犯罪の種類・性質、嫌疑の程度、通常の捜査方法による犯罪摘発の困難性

相当性

捜査機関の働きかけの態様、犯罪への関与の程度、おとり捜査によって創出される法益侵害の性質

なお、犯意誘発型か機会提供型かという区別は、それ自体がおとり捜査の適法・違法を区分する決定的な基準となるわけではありませんが、捜査機関の働きかけの態様を評価するうえでの考慮要素として意味を持つことになります。

また、おとり捜査の相手方が犯意を有していたかどうかも、捜査機関の行為の態様を評価するうえで考慮要素となります。

4-3 平成16年決定の事案へのあてはめ

平成16年決定は、上記の一般論を示したうえで、本件の事案にあてはめて、おとり捜査を適法と判断しました。

その際、本件が薬物事犯であることを前提に、本件事案における具体的事情として、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難であるという認定を行っています。

これは、薬物犯罪における一般的な必要性だけでおとり捜査が正当化されることはないことを示しているといえます。

また、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行われたものであると述べたうえで、さらに、麻薬取締官が取引の場所を準備し、Xに対し大麻樹脂2キログラムを買い受ける意向を示し、Xが取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても、おとり捜査として適法であると判示しました。

ここからは、本決定が、おとり捜査の適法性判断において、機会提供型かどうかだけを問題とするのではなく、その場合の捜査機関による働きかけの具体的な態様をも考慮要素としていることが読み取れます。

第5章 試験答案の構成方法

5-1 論点の整理

おとり捜査をめぐる問題を答案で論じる際には、以下の論点を整理しておくことが重要です。

論点

検討内容

参照判例

おとり捜査の法的性格

任意捜査か強制捜査か

刑訴法197条1項

おとり捜査の許容性

どのような場合に許されるか

最決平16・7・12

おとり捜査の違法性の判断基準

必要性と相当性の総合判断

最決平16・7・12の控訴審

違法の法的効果

違法収集証拠排除の可否

最決平16・7・12

5-2 おとり捜査の適法性を問う問題の答案構成

おとり捜査の適法性が問われる問題では、

①法的性格
②許容性の基準
③具体的事案へのあてはめ

という段階的な検討が基本です。

【答案構成の流れ】

  • 問題提起:本件捜査がおとり捜査に該当するか、該当するとして適法か
  • 規範定立①(法的性格):おとり捜査は、相手方の意思決定の自由を侵害するわけではないから任意捜査であり、刑訴法197条1項が根拠規定となる
  • 規範定立②(許容性の基準):平成16年決定の判断枠組みを示す──少なくとも、①直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行うことは許容される
  • あてはめ:事案の具体的事実を上記要素にあてはめる。必要性(犯罪の種類・嫌疑の程度・捜査の困難性)と相当性(働きかけの態様・法益侵害の程度)を総合考慮
  • 結論:適法・違法の結論を出したうえで、違法の場合には違法収集証拠排除の問題へ

まとめ

おとり捜査について、本記事では以下の点を解説しました。

  1. おとり捜査とは、捜査機関又はその協力者が、その身分や意図を秘して犯罪の実行を働きかけ、現行犯逮捕等により検挙する捜査手段である(最決平16・7・12)
  2. おとり捜査は、相手方の意思決定の自由を侵害するわけではないから任意捜査として位置づけられ、刑訴法197条1項本文がその根拠規定となる
  3. 初期の最高裁判例(最決昭28・3・5)は、おとり捜査の実体法上・手続法上の効果につき判示したが、適法性自体については直接には判断していない
  4. 下級審裁判例では、犯意誘発型と機会提供型の二分法による判断が行われてきたが、この区別が真に適法性の判断基準とされているかは未だ明らかではなかった
  5. 平成16年決定は、少なくとも、①直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されると判示した(最決平16・7・12)
  6. おとり捜査の違法性の実質的根拠は、捜査の公正さに反する点と、法益侵害が創出される点の2つにあり、おとり捜査の必要性と態様の相当性を総合して判断する

次回記事では、接見交通について解説します。

【刑事訴訟法入門11】接見交通権の意義と接見指定の判断枠組み

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