【刑事訴訟法入門6】被疑者の取調べはどこまで許されるか?任意取調べ・受忍義務・判例の判断基準を解説
目次
この記事を読んで理解できること
- 被疑者の取調べとは何か
- 逮捕・勾留中の取調べ──取調べ受忍義務の問題
- 任意取調べ──任意出頭と任意同行
- 高輪グリーンマンション事件──昭和59年決定の判断枠組み
- 昭和59年決定以降の判例の展開
- 試験答案の構成方法
「逮捕されたら黙秘できる? それとも取調べに応じなければならないの?」
「任意同行って本当に断れるの?」
「被疑者の取り調べのポイントは?」
刑事訴訟法の学習を進める中で、こうした疑問を抱いた方は少なくないのではないでしょうか。
被疑者の取調べは、捜査機関が証拠を収集するための中心的な手段であると同時に、被疑者の黙秘権・身体の自由という基本的人権と正面から衝突する場面です。
刑訴法は、被疑者の任意の協力を前提としつつも、実際の取調べには強制的な側面が伴うことを否定できません。
本記事では、刑訴法198条の構造から出発し、逮捕・勾留中の取調べをめぐる取調べ受忍義務の問題、任意取調べの意義とその限界、高輪グリーンマンション事件(最決昭59・2・29)が示した二段階の判断基準、さらにその後の判例の展開まで、予備試験・司法試験に必要な知識を体系的に解説します。
この記事で学べること
- 【初級】被疑者の取調べの意義と刑訴法198条の構造
- 【初中級】取調べ受忍義務の有無をめぐる学説と判例の立場
- 【中級】任意出頭・任意同行の意義と任意取調べの限界
- 【中上級】高輪グリーンマンション事件の二段階判断枠組みの分析
- 【中上級】昭和59年決定以降の判例の展開と違法とされた事案の分析
第1章 被疑者の取調べとは何か
1-1 定義と意義
被疑者の取調べとは、捜査機関(検察官、検察事務官または司法警察職員)が、犯罪の捜査に必要があるとして、被疑者を出頭させ、その供述を求めて事情を聴取する捜査手法をいいます。
被疑者の供述は、事件の真相解明に向けた有力な手がかりとなるだけでなく、自白調書・供述調書として証拠化されれば公判においても重要な証拠となります。そのため、捜査実務において取調べは今日なお中心的な役割を担っています。
他方で、被疑者は憲法38条1項により黙秘権(自己負罪拒否特権)を保障されており、強制・拷問・脅迫による自白や不当に長期の抑留後の自白は証拠能力が否定されます(憲法38条2項・刑訴法319条1項)。
被疑者の取調べは、この黙秘権との緊張関係の中で、その許容範囲と限界が論じられてきました。
1-2 刑訴法198条の構造
被疑者の取調べの根拠規定は刑訴法198条です。同条1項本文は取調べ権限を定め、但書は身柄不拘束の被疑者についての任意性を確保しています。
刑訴法198条1項
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。ただし、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」
この規定を分析すると、本文は捜査機関に対し、被疑者の「出頭を求め」「取り調べる」権限を認めています。但書は、逮捕・勾留されていない被疑者については出頭・滞留が任意であることを明示しています。
反対解釈として、逮捕・勾留されている被疑者については出頭・滞留を拒めない(取調べ受忍義務がある)とも読めますが、この点については学説上の対立があります(詳しくは第2章)。
刑訴法198条2項
「前項の取調をするについては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」
1-3 なぜ試験で重要か
予備試験・司法試験において被疑者の取調べが重要である理由は、主に以下の3点です。
第一に、黙秘権(憲法38条1項)という憲法上の権利と捜査権限の衝突という、刑事訴訟法の根幹的な問題を含む論点であることです。
第二に、逮捕・勾留中の取調べ(取調べ受忍義務)と、身柄不拘束状態での任意取調べという2つの場面で異なる法律問題が生じるため、整理して論じることが求められることです。
第三に、前回解説した別件逮捕・勾留における余罪取調べの問題や、自白法則・違法収集証拠排除法則と直結する横断的論点であることです。
【刑事訴訟法入門5】別件逮捕・勾留とは何か─令状主義・学説・判例から論証パターンまで徹底解説
第2章 逮捕・勾留中の取調べ──取調べ受忍義務の問題
2-1 問題の所在
刑訴法198条1項但書の反対解釈によれば、逮捕・勾留されている被疑者は出頭を拒み退去することができないことになります。
捜査実務では、この条文を根拠として、身柄拘束中の被疑者には取調べのための出頭・滞留要求に応じる義務(取調べ受忍義務)があるという考え方が採られています。
しかし、取調べ受忍義務が認められると、被疑者は取調室に連行されて問い続けられることになり、これが黙秘権(憲法38条1項)の保障と相いれないのではないかという問題が生じます。
2-2 学説の対立
この問題については、学説上大きく3つの見解が対立しています。
【表1:取調べ受忍義務に関する学説の比較】
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学説 |
根拠・内容 |
帰結 |
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受忍義務肯定説(実務の立場) |
刑訴法198条1項但書の反対解釈から、逮捕・勾留中の被疑者には出頭・滞留義務があり、取調べ受忍義務を含むと解する |
身柄拘束中の被疑者は取調べへの出頭・滞留を義務として負う。黙秘権は供述を拒む権利にとどまる |
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受忍義務否定説 |
取調べ受忍義務を課すことは黙秘権(憲法38条1項)の保障と相いれない。逮捕・勾留は取調べを目的とするものではないから受忍義務は生じない |
身柄拘束中であっても取調べ受忍義務はない。被疑者は取調べを拒否できる |
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出頭・滞留義務と受忍義務の区別説 |
198条1項但書から出頭・滞留義務は認められるが、黙秘権の観点から取調べに応答する義務(受忍義務)はない |
出頭・滞留は義務だが、取調べに応答することを強制されない。拒否の意思が明確なら取調べ不可 |
2-3 判例の立場──最大判平11・3・24
最高裁の判例においては、取調べ受忍義務の有無が直接の争点とされた事案はありませんが、最大判平11・3・24民集53・3・514が重要な判示を行っています。
この事件は、接見指定制度を定めた刑訴法39条3項の合憲性が問われた事案ですが、弁護人は「逮捕・勾留中の被疑者には取調べを受忍する義務はなく、刑訴法198条1項但書が取調べ受忍義務を定めているとすれば違憲である」と主張しました。
これに対し最高裁は次のように判示しました。
「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかである」
この判示は、出頭・滞留義務を認めながらも、それが黙秘権の侵害に直結するものではないとするものです。
受忍義務の存在を前提とした判断とも読めますが、他方で、刑訴法198条1項但書が取調べ受忍義務を定めたものかどうかについては判断せず、出頭・滞留義務と受忍義務を区別したうえで前者のみを認めたとする解釈も可能です。
いずれにせよ、取調べ受忍義務が認められる場合でも、被疑者が取調べへの応答を拒絶する意思を明確にした後は取調べを継続できないとする区別説の立場も有力です。
試験答案では、受忍義務の有無を論じた後、黙秘権との関係を忘れずに言及することが重要です。
第3章 任意取調べ──任意出頭と任意同行
3-1 任意出頭と任意同行の意義
刑訴法198条1項本文は、捜査機関が被疑者の「出頭を求め」取り調べる権限を定めています。
但書から明らかなとおり、逮捕・勾留されていない被疑者にはこれに応じる義務はありません。
実務上は、捜査機関の求めに応じて被疑者が自ら警察署等に出頭する任意出頭のほか、捜査機関が被疑者の自宅等に赴き警察署等への同行を求める任意同行という形態が広く行われています。
現在では任意同行も刑訴法198条1項本文または刑訴法197条1項(任意捜査の一般条項)に基づくものとして許容されることに争いはなく、裁判例においてもそれが許されることを当然の前提としてその限界が論じられています。
3-2 任意取調べの限界
身柄を拘束されていない被疑者には出頭・滞留義務がないことは、刑訴法198条1項但書から明らかです。
それゆえ任意取調べは、被疑者がこれに任意に応じた場合にしか行えません。
しかし、「任意の取調べ」といっても、被疑者を相手とするものである以上、捜査機関から取調べに応じるよう様々な働きかけがなされることは避けられません。
そのため、任意取調べという形式をとりながら実質的に被疑者の身体の自由を制約しているのではないかが問題となります。
任意捜査においては、強制手段──すなわち「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最決昭51・3・16刑集30・2・187)──を用いることが許されないことはいうまでもありません。
さらに、任意取調べについては強制手段の不使用にとどまらず、社会通念上相当と認められる方法ないし態様および限度においてのみ許容されるという限界があります(最決昭59・2・29)。
3-3 昭和59年決定以前の裁判例の傾向
最決昭59・2・29(高輪グリーンマンション事件)以前の裁判例では、主に、任意同行およびその後に警察署に留め置いた状態での取調べが、実際には被疑者が同行または取調べを拒否できない状態であったとして「実質的逮捕」にあたるか否かが争われていました。
実質的逮捕の判断要素として、裁判例が考慮してきた事情は以下のとおりです。
【表2:実質的逮捕の判断要素(昭和59年決定以前)】
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判断要素 |
内容・ポイント |
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(a) 同行を求めた時刻・場所 |
夜間・深夜の場合は意思に反すると判断されやすい。自宅からか路上での職務質問からかによっても差異が生じる |
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(b) 同行の方法・態様 |
有形力の行使や、複数の警察官が被疑者を取り囲む等の心理的圧迫がある場合は同行を拒否できなかったと判断されやすい |
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(c) 同行後の状況(取調べの時間・態様) |
深夜にわたる取調べや、休憩・食事の際にも警察官が被疑者を監視・付き添いするなど監視の度合いが強い場合は身体の自由の制約が高いと判断される |
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(d) 同行の必要性 |
逮捕状が既に発付されていたにもかかわらず任意同行した場合や、逮捕できるだけの嫌疑があったにもかかわらず任意同行を続けた合理的理由が認められない場合に実質的逮捕の意図が推認される |
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(e) 被疑者の対応状況 |
被疑者が明確に同行・取調べを拒否したにもかかわらず捜査機関がこれを無視した場合は意思に反することが認められる |
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(f) 被疑者の属性 |
年齢・性別・職業等によって同行や取調べが及ぼす心理的影響が異なるため、意思に反したものかの判断において被疑者の属性も考慮される |
代表的な裁判例として、東京高判昭54・8・14刑裁月報11・7=8・787があります。
警察官Pらが窃盗事件の被疑者Xをパトカーに乗せて警察署へ連行した事案において、「駐在所からS警察署に向かうべく被告人をいわゆる覆面パトカーに乗せてからの同行は……逮捕と同一視できる程度の強制力を加えられていたもので、実質的には逮捕行為にあたる違法なものといわざるをえない」と判示しました。
第4章 高輪グリーンマンション事件──昭和59年決定の判断枠組み
4-1 事案の概要
最決昭59・2・29刑集38・3・479(いわゆる高輪グリーンマンション事件)は、任意捜査としての被疑者取調べの適法性について重要な判断枠組みを示した決定です。
事案は以下のとおりです。
T警察署の警察官Pらは、管内で発生した殺人事件につきXに嫌疑を抱き、昭和52年6月7日早朝にXの居室を訪れ、Xの任意同行を得てXを同署に連行しました。Xはその日の午後10時ころ本件犯行を認め、同日午後11時すぎには一応の取調べを終えましたが、Xからの申出もあって捜査官4・5名と同宿させ、うち1名がXの部屋の隣室に泊まり込んでXの挙動を監視しました。
翌6月8日朝、Pらはいったん帰宅させることなくXを迎えにいき、翌9日以降も同様の取調べをし、同夜および同月10日の夜は別のホテルに宿泊させ、各夜ともホテルの周辺に捜査官が張り込んでXの動静を監視しました。このようにして同月11日まで計4泊・5日間にわたって取調べを続行し、その間に自白を含む複数の供述調書が作成されました。Pらはその後Xをいったん帰宅させ、8月23日に至って本件殺人の容疑によりXを逮捕しました。
4-2 決定の判示──二段階の判断枠組み
本決定は、まず任意捜査としての取調べの一般的な適法性基準として以下のとおり判示しました。
「任意捜査においては、強制手段、すなわち、『個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段』(最高裁昭和51年3月16日第3小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)を用いることが許されないことはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである」
このように、本決定は任意取調べの適法性を2段階の基準によって判断することを示しました。
すなわち、第1段階として強制手段が用いられていないか(強制手段性の審査)、第2段階として社会通念上相当と認められる方法ないし態様・限度か(相当性の審査)という枠組みです。
【表3:任意取調べの適法性判断の二段階枠組み】
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審査段階 |
内容 |
違法の効果 |
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第1段階:強制手段性の審査 |
個人の意思を制圧し身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為にあたるか(実質的逮捕の有無) |
強制手段が用いられれば直ちに違法(令状なき逮捕に該当) |
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第2段階:社会通念上の相当性審査 |
事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等を勘案して社会通念上相当な方法・態様・限度か |
強制手段は使用されていなくても、相当性を欠けば違法 |
この二段階の判断枠組みは、それ以前の裁判例が実質的逮捕の有無(強制手段の使用)のみを問題にしてきたのとは異なり、強制手段が用いられない場合であっても社会通念上の相当性を欠けば違法となることを明示した点で大きな意義をもちます。
4-3 本件への当てはめ──3対2の微妙な結論
本決定は、上記の一般論を示したうえで本件への当てはめを行い、当初の任意同行については必要性もあり手段・方法の点で相当性を欠くとは認めがたいとしました。
任意同行後の取調べについては、Xを4夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させたうえで前後5日間にわたって被疑者としての取調べを続行した点を問題として摘示したうえで、「被告人は、捜査官の意向にそうように、宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれていたものとみられる一面もあり、その期間も長く、任意取調べの方法として必ずしも妥当なものであったとはいい難い」としました。
しかし最終的には、記録上Xが取調べや宿泊を拒否したり退去を申し出た証跡がなく、捜査官が取調べを強行し退去・帰宅を拒絶した事実も窺われないこと等を総合すると、Xがその意思によりこれを容認し応じていたものと認められるとして、本件取調べは「社会通念上やむを得なかったものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであったとまでは断じ難い」と結論しました。
本決定は3対2の多数意見によるもので、少数意見の2裁判官はXの自由な意思決定は著しく困難であり任意捜査としての手段・方法が著しく不当で許容限度を超える違法なものとする意見を述べています。
この微妙な結論からも、本件の取調べ方法が相当性判断においてまさに限界事例であったことがわかります。
第5章 昭和59年決定以降の判例の展開
5-1 適法性の判断枠組みの定着
昭和59年決定以降、任意捜査として行われた被疑者取調べの適法性が問題とされた裁判例は、基本的に昭和59年決定が示した二段階の判断枠組みに基づいて判断しています。
また、最決平元・7・4刑集43・7・581も昭和59年決定の判断枠組みを引用し、強盗殺人事件につき任意同行後に一睡もさせることなく翌日の午後9時25分まで取調べた事案について、「一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであっても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではな」いという基本的考え方を示しています。
そのうえで、被疑者が取調べ開始にあたって進んで取調べを願う旨の承諾を得ていたこと等の事情を総合勘案して、本件取調べを適法としました(ただし反対意見あり)。
5-2 判断要素の詳細
昭和59年決定以降の裁判例において、取調べが社会通念上相当なものであったか否かの判断において考慮される要素は以下のとおりです。
【表4:社会通念上の相当性判断に関する考慮要素】
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考慮要素 |
内容・ポイント |
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(a) 事案の性質(重大性) |
事案が重大であるほど取調べの必要性が高まる。適法性が問題となった裁判例の多くは殺人事件であり、そこから取調べの必要性が高かったことが導かれている |
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(b) 当該取調べを行う必要性 |
任意取調べの形式をとる必要性(逮捕要件が備わっていたか等)と、問題とされた態様での取調べを行う必要性(宿泊させる事情があったか、徹夜取調べの理由があったか等)の2つを区別して検討する |
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(c) 被疑者に対する容疑の程度 |
容疑の程度が高いほど取調べの必要性が高まるが、裁判例では全事例において容疑の程度が必要性を肯定できるほどのものであったとされており、実際の判断では決め手とならないことが多い |
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(d) 被疑者の態度 |
被疑者が取調べを拒否する意思を明示的に示していなかったことを適法性の一根拠とする裁判例がある一方、被疑者が積極的に取調べを希望していたわけではないことを相当性否定の要素とする裁判例もある |
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(e) 取調べの方法・態様(監視の度合い) |
宿泊を伴う取調べにおいては、捜査機関が宿泊先を提供し宿泊中も監視を続け送迎をするという形で被疑者が常時監視された状態に置かれることが問題の核心。日数が増えるほど被疑者の不利益が増大する |
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(f) 取調べ時間の長さ(徹夜取調べ) |
徹夜にわたる取調べは、それ自体が取調べを違法とする要素として重視される(最決平元・7・4参照)。他方、徹夜に及んでいないことを適法の一根拠とする裁判例もある |
5-3 主要判例の一覧
【表5:任意取調べの適法性に関する主要判例】
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判例 |
裁判所・年月日 |
結論 |
ポイント |
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高輪グリーンマンション事件 |
最決昭59・2・29刑集38・3・479 |
適法(3対2) |
任意取調べの適法性を二段階(強制手段性+社会通念上の相当性)で判断する枠組みを確立。4泊5日の宿泊取調べを辛うじて適法とした |
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平成元年決定 |
最決平元・7・4刑集43・7・581 |
適法(反対意見あり) |
昭和59年決定の判断枠組みを引用。徹夜20時間超の取調べについて「特段の事情のないかぎり容易に是認できない」という基本的考え方を示しつつ、被疑者の承諾等の事情を総合して適法 |
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ウイスキー1本窃盗事件 |
大阪高判昭63・2・17高刑集41・1・62 |
違法 |
窃盗(軽微事件)の被疑者を午後10時頃任意同行し翌午前5時30分頃まで徹夜取調べ。事案が重大な法益侵害を伴うものでなく、被疑者が積極的に取調べを希望していたわけではないこと等を理由に違法 |
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殺人被疑者10日間取調べ事件 |
東京高判平14・9・4判時1808・144 |
違法 |
殺人被疑者を任意同行後通常逮捕まで10日間にわたり連日朝から夜まで取調べ、宿泊先でも常時監視。ほぼ外界と隔絶した状態で事実上の身柄拘束に近い状況にあったとして違法 |
5-4 違法とされた事案の分析
昭和59年決定以降の裁判例のうち、問題とされた取調べを違法としたものとして、大阪高判昭63・2・17と東京高判平14・9・4があります。
大阪高判昭63・2・17は、ウイスキー1本の窃盗の容疑で被疑者を午後10時頃に任意同行し翌午前5時30分頃に緊急逮捕するまで取り調べた事案です。
取調べが社会通念上相当な限度を逸脱し違法としたその理由としては、犯罪が重大な法益侵害を伴うものでなかったこと、被疑者が積極的に徹夜の取調べを希望していたわけではなかったこと、被疑者が取調べ開始後それほど遅くない時期に犯罪事実を認める趣旨の供述をしていたから、その時点で緊急逮捕が可能であったこと、が指摘されています。
東京高判平14・9・4は、殺人の容疑者を警察署への任意同行後、通常逮捕するまで10日間にわたって連日朝から夜まで取り調べ、その間、最初の2日間は被疑者の長女が入院した病院に、次の2日間は警察官宿舎の婦警用の空室に、最後の5日間はビジネスホテルに宿泊させた事案です。
宿泊先においては常時監視がなされ、トイレに行くにも監視者が同行し、電話もかけることを許されず10日間外部から遮断された状態であったとして、「任意捜査として許容される限界を越えた違法なもの」と判示しました。
昭和59年決定の4泊5日の宿泊取調べと比較すると、東京高判平14・9・4は宿泊が長期(9泊)にわたり警察官による監視の度合いが強く事実上の身柄拘束に近い状況にあったとの評価がなされていることが、昭和59年決定と異なり違法とされた理由といえます。
第6章 試験答案の構成方法
6-1 問題の整理──2つの場面を区別する
被疑者の取調べをめぐる問題を答案で論じる際には、まず①逮捕・勾留中の取調べの場面か、②身柄不拘束状態での任意取調べの場面か、を明確に区別することが出発点となります。
【表6:2つの場面と論点の対応】
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場面 |
中心的論点 |
参照条文・判例 |
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①逮捕・勾留中の取調べ |
取調べ受忍義務の有無(刑訴法198条1項但書の解釈)・黙秘権(憲法38条1項)との関係 |
刑訴法198条1項、憲法38条1項・最大判平11・3・24 |
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②身柄不拘束状態での取調べ(任意取調べ) |
実質的逮捕(強制手段の使用)に至っていないか・社会通念上相当な方法・態様・限度か |
刑訴法197条1項、198条1項・最決昭59・2・29、最決平元・7・4 |
6-2 任意取調べの適法性を問う問題の答案構成
任意取調べの適法性が問われる問題では、昭和59年決定の二段階の判断枠組みに即して論じることが基本です。
【答案構成の流れ】
① 問題提起:任意取調べの形式をとっているが、その適法性に疑問があることを指摘する
② 規範定立:刑訴法197条1項・198条1項を引用したうえで、(ア)強制手段の使用がないこと、(イ)社会通念上相当な方法・態様・限度であることの二段階基準を示す(昭和59年決定)
③ 第1段階の当てはめ:実質的逮捕にあたるか否かを、同行の時刻・場所・方法・態様・同行後の状況等(表2参照)を事実に即して検討する
④ 第2段階の当てはめ:実質的逮捕にあたらない場合でも、事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度・取調べの方法態様等(表4参照)を総合考慮して社会通念上の相当性を検討する
⑤ 結論:適法・違法の結論を出したうえで、違法の場合には得られた自白の証拠能力(自白法則・違法収集証拠排除法則)の問題につなげる
6-3 取調べ受忍義務を問う問題の答案構成
取調べ受忍義務の有無を問う問題では、刑訴法198条1項但書の解釈論が中心となります。
① 条文の構造を示し、但書の反対解釈から取調べ受忍義務が導かれる構造を説明する
② 受忍義務の肯否について学説を紹介し、いずれの立場においても黙秘権(憲法38条1項)により供述を強制されないことは共通することを指摘する
③ 最大判平11・3・24を引用し、出頭・滞留義務と黙秘権が両立しうることを判示した最高裁の立場を示す
④ 自説を展開する際は、受忍義務を認める場合でも黙秘権の保障との関係を忘れずに論じること
まとめ
本記事では、被疑者の取調べをめぐる法律問題を体系的に解説しました。
- 刑訴法198条1項は捜査機関の取調べ権限の根拠規定であり、但書は身柄不拘束の被疑者についての任意性を確保する
- 逮捕・勾留中の取調べについては取調べ受忍義務の有無が問題となり、学説は対立するが、いずれの立場においても黙秘権との調整が必要
- 任意取調べの適法性については、最決昭59・2・29(高輪グリーンマンション事件)が、①強制手段不使用、②社会通念上の相当性という二段階の判断枠組みを確立した
- 社会通念上の相当性の判断においては、事案の性質・取調べの必要性・容疑の程度・被疑者の態度・取調べの方法態様等を総合考慮する
- 答案においては、逮捕・勾留中か任意取調べかを区別したうえで、二段階の判断枠組みに即して論じることが重要
【内部リンク:【刑事訴訟法入門⑦】
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