【刑事訴訟法入門3】逮捕の3類型─通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕の要件と判例を体系的に解説
目次
この記事を読んで理解できること
- 逮捕制度の基本的枠組み
- 通常逮捕
- 現行犯逮捕
- 準現行犯逮捕
- 緊急逮捕
「現行犯逮捕って、誰でもできるって本当?」
「通常逮捕と緊急逮捕って、何が違うの?」
「逮捕の要件って、具体的にどう判断すればいいの?」
刑事訴訟法の学習を進める中で、このような疑問を抱えている方は少なくないのではないでしょうか。
逮捕は、捜査機関が被疑者の身柄を拘束する最初の段階であり、刑事手続全体の出発点に位置する極めて重要な制度です。
逮捕には通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕の3類型があり、それぞれ要件と手続が異なります。
予備試験・司法試験では、逮捕の適法性が正面から問われるだけでなく、違法逮捕に基づく証拠の証拠能力が争点となることも多く、正確な理解が不可欠です。
本記事では、刑事訴訟法の条文と判例を正確に引用しながら、逮捕の3類型の要件・手続、現行犯逮捕・準現行犯逮捕における「明白性」の判断基準について体系的に解説します。
この記事で学べること
- 【初級】逮捕の3類型(通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕)の基本的枠組み
- 【初中級】現行犯逮捕・準現行犯逮捕の要件と「明白性」の判断基準
- 【中級】現行犯逮捕の適法性に関する判例の分析
- 【中上級】緊急逮捕の合憲性と要件
第1章 逮捕制度の基本的枠組み
1-1 逮捕の意義
逮捕とは、被疑者の身体の自由を拘束する強制処分をいいます。
逮捕は、被疑者の逃亡又は罪証隠滅を防止し、捜査の遂行を確保することを目的とするものです。
憲法33条は、次のとおり定めています。
憲法33条
「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」
このように、憲法33条は逮捕に関する令状主義の原則を定め、現行犯逮捕を例外として位置づけています。
この規定を受けて、刑事訴訟法は、通常逮捕(199条)、現行犯逮捕(212条・213条)及び緊急逮捕(210条)の3類型を設けています。
1-2 逮捕の3類型の概要
逮捕には、通常逮捕、現行犯逮捕及び緊急逮捕の3つの類型があります。
以下の表で各類型の相違点を整理します。

1-3 逮捕の必要性(逮捕の理由と必要性の区別)
逮捕状の発付に際しては、「逮捕の理由」(嫌疑の存在)と「逮捕の必要性」が区別されます。
刑訴法199条2項但書は、「明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない」と規定し、裁判官が逮捕の必要性を審査すべきことを定めています。
刑訴規則143条の3は、逮捕の必要性の判断にあたって考慮すべき事情として、「被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情」を挙げ、「被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状を発付しないものとしています。
このように、逮捕の理由(嫌疑)が認められる場合であっても、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれがいずれもなく、逮捕の必要性がない場合には、逮捕状は発付されません。
1-4 なぜ逮捕が試験で重要か
予備試験・司法試験において、逮捕が重要である理由は主に以下の3点です。
第一に、刑事手続の出発点に位置する論点であることです。逮捕の適法性は、その後の勾留、起訴、公判手続全体に影響を及ぼし得るものです。
違法逮捕に基づいて得られた証拠の証拠能力が争われる場面も少なくありません。
第二に、3類型の要件を正確に区別する必要があることです。通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕は、それぞれ異なる要件・手続を有しており、答案においてこれらを混同することは致命的な誤りとなります。
第三に、特に現行犯逮捕においては、事案に即した判断が求められることです。犯罪と犯人の「明白性」の判断は、具体的事実関係に基づく総合的な考慮が必要であり、【刑事訴訟法入門2】で解説した職務質問・所持品検査と同様に、あてはめ能力が試される分野です。
参考:【刑事訴訟法入門2】職務質問・所持品検査の適法性を体系的に解説
第2章 通常逮捕
2-1 通常逮捕の要件
通常逮捕は、裁判官があらかじめ発付した逮捕状に基づいて被疑者を逮捕するものであり、逮捕の原則的形態です。
まずは条文の正確な理解から始めましょう。
刑訴法199条1項
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。」
刑訴法199条2項
「裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。」
【ポイント解説】
(1)逮捕の理由──「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」
通常逮捕の実体的要件として、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(199条1項)が必要です。
これは、捜査機関の主観的な嫌疑では足りず、客観的・合理的な根拠に基づく嫌疑が要求されることを意味します。
裁判官は、逮捕状の請求にあたり提出された資料に基づき、この要件の充足を審査します。
(2)逮捕の必要性
逮捕の理由が存在する場合であっても、「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」(199条2項但書)には、裁判官は逮捕状を発付することができません。
逮捕の必要性の有無は、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれを中心に、被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様等の諸般の事情を総合して判断されます(刑訴規則143条の3)。
(3)軽微事件の特則
199条1項但書は、30万円以下の罰金等に当たる軽微な罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限り逮捕を認めています。
これは、軽微事件における身柄拘束の濫用を防止する趣旨です。
2-2 通常逮捕の手続
通常逮捕の手続上の要件として、以下の点が重要です。
(1)逮捕状の呈示
逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければなりません(201条1項)。
ただし、急速を要する場合には、被疑者に対し被疑事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げれば足ります(201条2項・73条3項)。
(2)逮捕後の手続
被疑者を逮捕した場合には、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任できる旨を告げたうえで、弁解の機会を与えなければなりません(203条1項・204条1項)。
司法警察員は、留置の必要があると思料するときは、被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともに検察官に送致する手続をしなければなりません(203条1項)。
検察官は、送致を受けた場合において留置の必要があると思料するときは、被疑者が身体を拘束された時から72時間以内に裁判官に勾留を請求しなければなりません。この制限時間内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければなりません(205条1項・2項)。
【表2:通常逮捕後の時間的制約】

第3章 現行犯逮捕
3-1 現行犯逮捕の意義と根拠
現行犯逮捕は、令状主義の例外として、逮捕状なしに被疑者を逮捕することが認められる制度です。
刑訴法212条1項
「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。」
刑訴法213条
「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」
【ポイント解説】
(1)無令状逮捕が許容される根拠
現行犯の場合に無令状で逮捕を行うことができる根拠は、以下の2点に求められます。
第一に、犯罪が現に行われているか、あるいは行われた直後であり、逮捕する者から見て、犯罪があったこと及び犯人が誰であるかが明白で誤認のおそれが少ないことです。
第二に、その場で逮捕する緊急の必要性が高いことです。
このように、現行犯逮捕は、犯罪と犯人の明白性が高く、かつ緊急性が認められることにより、事前の司法審査を経なくても誤認逮捕のおそれが少ないと考えられるために、例外的に無令状逮捕が許容されるものです。
(2)現行犯逮捕の要件──犯罪と犯人の明白性
現行犯であるといえるためには、逮捕者にとって、犯罪と犯人が明白でなければなりません。
具体的には、(a)犯罪が行われていること、又は行われたことの明白性と、(b)逮捕される者(被逮捕者)が犯人であることの明白性が備わっている必要があります。
このことが、条文上は、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた」という言葉で示されています。
それゆえ、「現に罪を行い終つた」という文言は、犯行からの経過時間だけを意味する概念ではありません。
(3)時間的限定──「現に罪を行い終つた」の意味
犯行からの時間が経過するに従い、犯罪の生々しい痕跡は消滅していくため、一定の時間が経つと、犯罪と犯人の明白性を肯定することが類型的に困難になります。
「現に罪を行い終つた」という文言は、その意味での時間的な枠を定めるという機能も有しています。
どの程度の時間が経過すれば現行犯でなくなるかについて、一義的な基準を立てることは困難ですが、裁判例には、犯行から約58分後の現行犯逮捕を違法としたもの(仙台高判昭42・8・22下刑集9・8・1054)や、犯行から約1時間5分後の現行犯逮捕を違法としたもの(大阪高判昭40・11・8下刑集7・11・1947)があります。
もっとも、逮捕のために犯行現場から犯人を追跡しているような場合には、時間的な隔たりがあっても現行犯逮捕として認められることがあります。判例には、密漁船を発見し、それを追跡して逮捕したという事案において、密漁の犯行終了から逮捕まで3時間30分を経過していたとしても、現行犯逮捕として適法であるとしたものがあります(最判昭50・4・3刑集29・4・132)。
(4)逮捕権者──「何人でも」
現行犯逮捕は、「何人でも」行うことができます(213条)。
捜査機関に限らず、一般私人であっても現行犯逮捕をすることができます。
これは、犯罪と犯人の明白性が高いことから、令状による司法的抑制がなくても誤認逮捕のおそれが少ないことに基づくものです。
3-2 現行犯逮捕における明白性の判断──判例の状況
犯罪が終了している場合において、実際に現行犯人であったか否かが問題となるのは、犯行現場を見た者以外の者による逮捕の場合です。
例えば、犯行を目撃した人が警察に通報し、警察官が、その人から事情を聞いたうえで、現場付近で犯人と疑われる者を発見して逮捕するという事例がこれにあたります。
最決昭和31年10月25日(暴行・器物毀棄事件)
【事案】
某日午後9時頃、男(X)が、飲酒酩酊のうえ、特殊飲食店甲の玄関において、従業婦Wの胸を強打し、さらに同家勝手口の硝子戸を破損したため、同家の主人が直ちに付近の巡査派出所に赴き、勤務中のP巡査に「今酔っ払いが硝子を割って暴れているから早く来て下さい。」と届け出ました。
Pは甲に急行し、Wから「Xが勝手口の硝子を割り自分の胸を強く突いたので胸が痛い、Xは今、乙にいる」と聞き、破損箇所を見分して直ちに同家より約20メートル隔てた特殊飲食店乙に赴いたところ、Xが手を怪我して大声で叫びながらパンツ一つで足を洗っていたので、Xを暴行、器物毀棄の現行犯人と認めて逮捕しました。
【判旨の要旨】
最高裁は、「被告人(X)が逮捕されたのは、暴行、器物毀棄の犯行後僅か3、40分位であり、しかも犯行現場より20メートルの近距離に居た」ことを理由に現行犯逮捕を適法とした原審の判断を是認しました。
【ポイント】
本決定は、犯行と逮捕との間の時間的近接性と場所的近接性に着目して、現行犯であることを肯定しています。
加えて、本件では、被害者から事情を聴取した後、被害者が示した場所でXが手を怪我して大声で叫んでいるという状況があったのであり、このことが犯人の明白性を肯定する決定的要因だったと考えられます。
明白性を肯定するためには、時間的・場所的近接性とあわせて、現場の状況、被害の状況、犯人の挙動や所持品等の客観的要因を考慮する必要があります。
3-3 現行犯逮捕を違法とした裁判例
京都地決昭和44年11月5日(恐喝未遂事件)
【事案】
某日午後8時55分頃、Aが、同人方において、通りがかりの男から、裁ちばさみをつきつけられて金を要求されるという恐喝未遂の被害にあい、直ちに警察に通報しましたが、その間に犯人は逃亡するという事件が発生しました。
通報を受けた警察官Pらが、9時5分頃にA方に到着し、事情を聴取した後、現場付近を巡回したところ、9時15分頃に、A方から約20メートル離れた路上で、Aから聴取した犯人の人相、年齢、服装とよく似た風体の男(X)を発見し、職務質問しましたが、Xは犯行を否認しました。
そこで、Aに同行を求め確認してもらったところ、Xが犯人に間違いないと述べたため、Xを現行犯人として逮捕しました。
【判旨の要旨】
本決定は、一般論として、「被疑者を現行犯人として逮捕することが許容されるためには、被疑者が現に特定の犯罪を行い又は現に行い終わった者であることが、逮捕の現場における客観的外部事情等から、逮捕者自身においても直接明白に覚知しうる場合であることが必要とされる」と述べました。
そのうえで、本件では、「逮捕者である司法巡査とすれば犯行現場に居合わせて被疑者の本件犯行を目撃していたわけでなく、またその逮捕時において被疑者が犯罪に供した凶器等を所持しその身体、被服などに犯罪の証跡を残していて明白に犯人と認めるような状況にあったというわけでもないのであって、被害者の供述に基づいてはじめて被疑者を本件被疑事実を犯した犯人と認めえたというにすぎない」として、現行犯逮捕の要件を充たさないと判示しました。
【ポイント】
この裁判例は、被害者や目撃者の供述のみでは犯人の明白性は肯定されないことを示した重要な事例です。
被害者や目撃者の供述が本当に信用できるかどうかは、その時点ではわからない以上、それは、逮捕者による犯人性に関する判断を客観的に担保するものではないからです。
3-4 現行犯逮捕の明白性に関する考慮要素
以上の判例を整理すると、現行犯逮捕における明白性は、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
【表3:現行犯逮捕の明白性に関する考慮要素】

第4章 準現行犯逮捕
4-1 準現行犯の意義と要件
刑訴法は、上記の現行犯とならんで、準現行犯と呼ばれる類型を認めています。
刑訴法212条2項
「左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
一 犯人として追呼されているとき。
二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて逃走しようとするとき。」
【ポイント解説】
準現行犯は、犯行と逮捕との時間的近接性が、本来の現行犯より緩和されており、それを212条2項の1号から4号にあたる客観的事由の存在により補う仕組みとなっています。
この場合も、現行犯人とみなされるものである以上、通常の現行犯と同様に、犯罪と犯人の明白性が認められることが必要です。
したがって、時間的近接性があり、1号から4号のどれかに該当すれば、当然に準現行犯と認められるわけではありません。
とりわけ、4号(誰何されて逃走しようとするとき)については、それだけでは、犯罪と犯人の明白性を肯定することは難しいとされています。
4-2 準現行犯逮捕に関する判例──最決平成8年1月29日
【事案】
いわゆる内ゲバに係る凶器準備集合、傷害事件において、X、Y、Zの3名につき準現行犯人といえるかどうかが問題とされました。
Xについては、犯行現場から直線距離で約4キロメートル離れた派出所で勤務していた警察官が、内ゲバ事件が発生し犯人が逃走中であるなど、本件に関する無線情報を受けて逃走犯人を警戒中、本件犯行終了後約1時間を経過したころ、Xが通りかかるのを見つけ、その挙動や、小雨の中で傘もささずに着衣をぬらし靴も泥で汚れている様子を見て、職務質問のため停止するよう求めたところ、Xが逃げ出したので、約300メートル追跡して追い付き、その際、Xが腕に籠手を装着しているのを認めたなどの事情があったため、Xを本件犯行の準現行犯人として逮捕しました。
Y及びZについては、本件の発生等に関する無線情報を受けて逃走犯人を検索中の警察官らが、本件犯行終了後約1時間40分を経過したころ、犯行現場から直線距離で約4キロメートル離れた路上で、着衣等が泥で汚れた両名を発見し、職務質問のため停止するよう求めたところ、両名が小走りに逃げ出したので、数十メートル追跡して追い付き、その際、両名の髪がべっとりぬれて靴は泥まみれであり、Yは顔面に新しい傷跡があって、血の混じったつばを吐いているなどの事情があったため、両名を本件犯行の準現行犯人として逮捕しました。
【判旨の要旨】
最高裁は、「以上のような本件の事実関係の下では、被告人3名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴法212条2項2号ないし4号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができる」として、本件各逮捕は適法であるとしました。
【ポイント】
本決定では、Xについては犯行から逮捕まで約1時間、Y及びZについては約1時間40分が経過しており、また、逮捕地点が犯行現場から直線距離で約4キロメートル離れていました。
このように時間的・場所的距離が相当あったにもかかわらず、各号の事由(籠手の装着=2号、顔面の傷跡・血の混じったつば=3号、職務質問からの逃走=4号)と客観的事情の総合的考慮により、犯人の明白性が肯定されています。
【表4:準現行犯逮捕の4つの事由と平成8年決定の対応関係】

第5章 緊急逮捕
5-1 緊急逮捕の意義と要件
緊急逮捕は、一定の重大犯罪について、事前に逮捕状を得る時間的余裕がない場合に、高度の嫌疑を要件として無令状での逮捕を認め、事後に速やかに逮捕状の発付を求めることを条件とする制度です。
刑訴法210条1項
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。」
【ポイント解説】
(1)嫌疑の程度──「充分な理由」
緊急逮捕における嫌疑の程度は、通常逮捕の「相当な理由」よりも高い「充分な理由」が要求されます。
これは、事前の司法審査を経ないで逮捕を行うことの代償として、より高度の嫌疑が要求されるものです。
(2)対象犯罪の限定
緊急逮捕は、「死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑にあたる罪」に限定されています。
これは、無令状での身柄拘束という重大な権利侵害を正当化するに足りるだけの犯罪の重大性を要求する趣旨です。
(3)「急速を要し」の要件
「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」という要件は、逮捕状の請求をしていたのでは被疑者が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれがある場合に、例外的に無令状逮捕を認める趣旨です。
したがって、事前に逮捕状を取得する時間的余裕があったにもかかわらず、これを怠って緊急逮捕に及んだ場合には、この要件を充足しないことになります。
(4)事後の令状請求
緊急逮捕を行った場合には、「直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければ」なりません(210条1項後段)。
逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければなりません。
この事後的な令状審査が、緊急逮捕の合憲性を担保する重要な手続的保障です。
5-2 緊急逮捕の合憲性
緊急逮捕は、事前に逮捕状の発付を受けることなく被疑者を逮捕するものであるため、憲法33条の令状主義との関係が問題となります。
最高裁は次のとおり判示し、緊急逮捕の合憲性を肯定しています。
最大判昭和30年12月14日
【判旨の要旨】
最高裁は、刑訴法210条について、「厳格な要件のもとに、罪状の重い一定の犯罪のみについて、緊急やむを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発付を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条の規定の趣旨に反するものではない」旨判示しました。
【ポイント】
本判決は、緊急逮捕の合憲性の根拠として、以下の要素を挙げています。
- 厳格な要件(「充分な理由」+対象犯罪の限定+「急速を要し」)
- 罪状の重い一定の犯罪に限定されていること
- 緊急やむを得ない場合に限られること
- 逮捕後直ちに裁判官の審査を受けることが条件とされていること
これらの要素が組み合わさることにより、事前の令状審査を経ないことの代償が確保されていると評価されたものです。
まとめ
【表5:逮捕に関する主要判例一覧】

【逮捕の適法性判断フローチャート】
逮捕の適法性は、以下のフローで判断します。

おわりに
逮捕は、刑事手続における被疑者の身柄拘束の最初の段階であり、その後の勾留、起訴、公判手続全体の適法性に影響を及ぼす極めて重要な制度です。
本記事で学んだ内容を整理すると、以下のとおりです。
第一に、逮捕には通常逮捕(199条)、現行犯逮捕(212条・213条)及び緊急逮捕(210条)の3類型があり、それぞれ要件と手続が異なります。
第二に、現行犯逮捕が無令状で許容されるのは、犯罪と犯人の明白性が高く、緊急の必要性が認められるためです。
明白性の判断に際しては、時間的・場所的近接性に加え、客観的外部事情を総合的に考慮する必要があり、被害者・目撃者の供述のみでは犯人の明白性を肯定することはできません。
第三に、準現行犯逮捕は、212条2項各号の事由の存在を前提として、通常の現行犯と同様に犯罪と犯人の明白性が認められる場合に許容されます。
第四に、緊急逮捕は、通常逮捕よりも高度の嫌疑(「充分な理由」)と、事後の速やかな令状請求を条件として、その合憲性が認められています(最大判昭30・12・14)。
次回の【刑事訴訟法入門4】では、勾留の要件と手続、事件単位の原則及び逮捕前置主義について解説します。
この記事では、初学者の方にもわかりやすいよう判例を交えて基本的な考え方を解説しています。
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参考判例
・最大判昭和30年12月14日刑集9巻13号2760頁(緊急逮捕の合憲性)
・最決昭和31年10月25日刑集10・10・1439(暴行・器物毀棄事件における現行犯逮捕)
・最決昭和33年6月4日刑集12・9・1971(住居侵入事件における現行犯逮捕)
・大阪高判昭和40年11月8日下刑集7・11・1947
・仙台高判昭和42年8月22日下刑集9・8・1054
・京都地決昭和44年11月5日判時629・103(現行犯逮捕を違法とした事例)
・最判昭和50年4月3日刑集29・4・132(密漁船追跡事案における現行犯逮捕)
・最決平成8年1月29日刑集50・1・1(内ゲバ事件における準現行犯逮捕)


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